放射線治療
1. はじめに
2. 2次元照射から3次元照射へ (1990年代~)
3. 高精度放射線治療
- 強度変調放射線治療 (Intensity Modulated RadioTherapy; IMRT)
- 強度変調回転照射法 (Volumetric Modulated Arc Therapy: VMAT)
- 定位放射線照射 (StereoTactic Irradiation: STI)
- 画像誘導放射線治療 (Image Guided Radiation Therapy: IGRT)
4. 温熱療法の併用
5. 少数個の転移 (オリゴ転移)・再発の病態に対する高精度放射線治療
6. 緩和的放射線治療
7. 当科で可能ながん種別の放射線治療の適応
- 肺がん、乳がん、膵がん、食道がん、喉頭がん、咽頭・鼻のがん、甲状腺がん、悪性リンパ腫、子宮頸がん、子宮体がん、卵巣がん、前立腺がん、膀胱がん、腎がん、大腸がん、肝臓がん、胆のう・胆管がん、胃がん、脳腫瘍、皮膚がん・悪性黒色腫、小児脳腫瘍、小児固形腫瘍
1. はじめに
本邦ではがんは生涯で約2人に1人が罹患するという状況で身近な病気です。本邦の2020年のデータでは、あるがんと診断された場合に治療でどのくらい生命を救えるかを示す指標である5年相対生存率は、がん全体で68%に到達しています。手術、放射線治療、薬物療法はがん治療の三大療法です。各治療法には利点や欠点があります。放射線治療の利点は、病巣を切除せずに治療するため機能や形態の温存に優れていることです。また、あらゆる部位に対して治療可能である点も大きな利点です。 合併症がある方や高齢者にも行うことができます。一方、欠点は、手術と比べ病巣を制御できる確率が劣る疾患が少なくないことと、放射線による障害のリスクがある点です。高精度放射線治療や温熱療法は、 従来の放射線治療の欠点を改善し、より高い治療効果を目指す治療法です。当院では、2019年7月に新設された南別館に、最新型の高精度放射線治療装置と温熱療法の加温装置が導入されています。
2. 2次元照射から3次元照射へ (1990年代~)
放射線治療は、1990年前半までは単純なX線画像により放射線を照射する部位を把握し、手動で鉛を置くことで、2次元的に照射範囲を調整していました。
1990年代後半からは、マルチリーフコリメータ(MLC)と呼ばれる照射する範囲を調整する装置とCT画像が導入されました。両者を用いて、がんと体内の各臓器に照射される放射線量を、3次元的に計画・予測することが可能となりました。これが、3次元照射(3D-CRT)と呼ばれる手法です。

マルチリーフコリメータ(MLC)
3次元CT画像計画

放射線を照射する範囲を調整する装置です。5mm幅の放射線を遮蔽する金属板が独立して駆動し、病巣の形状に一致した照射範囲を形成します。
CT画像を用いて放射線を照射するターゲットとリスク臓器との3次元的な位置関係を把握します。治療目的、組織型、進行度、併用治療などに基づきターゲットやリスク臓器の線量や照射回数、MLCによる照射範囲、放射線の線質、入射方向などを決定します。
3. 高精度放射線治療
3次元照射を大きく進化させた照射法で、現在では大部分の根治的放射線治療で用いられています。
強度変調放射線治療 (Intensity Modulated RadioTherapy; IMRT)
放射線治療は多くの場合、複数の方向から人体に放射線を照射しますが、従来法の3次元照射では各方向(下図の青矢印)で設定するMLCの形状は一定です。IMRTでは、各方向のMLCの形状を多数設定することで、より複雑な放射線の線量分布作成が可能となります。
3次元照射(従来法)
IMRT

3次元照射(左)と比較し、IMRT(右)では腫瘍標的の形状に一致した線量分布の作成が可能で、腫瘍標的の線量増加と正常臓器(上図では直腸)の線量低減がより高いレベルで実現できます。
強度変調回転照射法 (Volumetric Modulated Arc Therapy: VMAT)
VMATは各方向からの照射を固定せずに回転させながら行うIMRTです。MLCを回転に合わせて経時的に動かし、かつ回転速度や放射線の線量率を変化させ最適化します。従来のIMRTと比較し、より良好な線量分布と照射時間短縮の両立が可能です。当院では2019年7月の導入以降、多くの患者さんに実施しています

当院のVMATが可能な放射線治療装置 (Versa HD™)
短時間照射を実現する高精度な回転照射と定位照射専用機と同等の小さなターゲットに対する急峻な線量分布を実現可能です。

VMATを用いて海馬を回避した予防的全脳照射
小細胞肺癌で実施する予防的全脳照射の線量分布です。海馬の照射線量を10Gy以下(青色部分)に軽減することで、認知機能障害の発症リスクを改善します。
定位放射線照射 (StereoTactic Irradiation: STI)
3cm以下の小さな病変に対して大線量の放射線を腫瘍部位に限局して、短期間に照射する方法です。ピンポイント照射とも呼ばれ、脳転移や早期肺癌などに行います。手術に匹敵するような病変の高い制御効果が得られます。特に脳転移では、前述のVMATと組み合わせることで、多発するような脳転移に対しても短時間で実施することが可能となり、患者さんの負担軽減につながっています。
VMATを用いた脳定位放射線治療 (VMAT-STI) の線量分布図

計4ヶ所の多発する小さな脳転移(赤色の部分)に大量の放射線をピンポイントで同時に照射します。従来の放射線治療装置では1時間を超す照射時間が必要でしたがVMATにより10分程度で実施することができます。
画像誘導放射線治療 (Image Guided Radiation Therapy: IGRT)
より正確に照射を実施するため照射位置の検証や補正を行う各種の画像誘導放射線治療 (Image Guided Radiation Therapy: IGRT)を用いています。


照射台で治療の照射直前にCT (cone beam CT)を撮像し、治療計画を実施したCTと重ね合わせることで照射位置のズレを検出し、補正した後に治療を実施します。IMRTやVMATの精度を担保するために重要な技術です。
体表面光学式トラッキングシステム(Catalyst™)を用いた深吸気息止め法による乳癌の放射線治療


体表面光学式トラッキングシステムにより深吸気息止め照射(Deep Inspiration Breath Hold:DIBH)を行うことで心臓の照射線量を低減でき、心臓の晩期障害の発生リスクを軽減します。特に乳癌の手術後に行う放射線治療において有効な技術です。
このような高精度放射線治療により周囲の正常臓器への放射線量を低減し、腫瘍に放射線を集中させることが可能です。がんへの強力な局所効果とより少ない副作用の両立が期待できます。
4. 温熱療法の併用
標準的治療である抗がん剤を同時併用する化学放射線療法や高精度放射線治療の治療効果の改善が必要な病態に対して温熱療法の併用が選択可能です。局所進行性の子宮頸癌、膵癌、非小細胞肺癌、高リスク群の前立腺癌、再発直腸癌などに、週に1~2回、放射線照射後に1回50分の加温を行います。
詳細は、温熱療法のページをご参照ください。
5. 少数個の転移(オリゴ転移)・再発の病態に対する高精度放射線治療
オリゴ転移とは遠隔転移を生じているものの小数個にとどまる病態を指し、全身治療に加えて放射線治療や手術などの局所治療を追加することで治療成績が改善しうることが示されています。
画像診断技術の進歩によりオリゴ転移が検出されやすくなり、高精度放射線治療の普及により少ない副作用で生活の質(QOL)を損なうことなく局所制御(腫瘍の消失・縮小維持)が期待できます。
オリゴ転移の病態に対して放射線治療を追加し腫瘍量の減量を目指す基礎的な根拠として、転移能を有するがん細胞クローン量の減少や転移を促進するサイトカイン分泌の抑制といった更なる転移の出現リスク抑制、また、全身的な抗腫瘍免疫の誘導が示されています。
近年、オリゴ転移に対する臨床試験が盛んに実施されています。上咽頭癌、非小細胞肺癌や前立腺癌などで、オリゴ転移の病態では全身治療に加え遺残する病変に対して放射線治療を追加する有効性が確認されています。放射線によるがん特異的な免疫賦活作用に期待した免疫チェックポイント阻害薬との併用治療の開発も進んでいます。
当科では、オリゴ転移、原発巣やリンパ節領域のみの再発といった病態に対する高精度放射線治療の実施に取り組んでいます。
6. 緩和的放射線治療
他の臓器へ多数個の転移を生じている状況では、緩和的な放射線治療(緩和照射)が適応となり得ます。がんによる出血の止血や疼痛、呼吸苦、また骨転移に伴う疼痛や神経症状といった症状の緩和に有効性が高いです。緩和照射に必要となる放射線量は少ないため、治療に伴う副作用は軽微です。治療期間は2週間以内が多く、病態に応じて1回のみの治療も選択可能です。生活の質 (QOL)の低下要因となっている病変に緩和照射を行うことでQOLの向上や全身治療の長期継続を目指します。
他病院に入院中の方や通院が難しい場合は、当科で入院治療も対応させて頂きます。

緩和照射前
脊椎の骨転移
疼痛・しびれ・歩行困難

緩和照射後
骨転移の消失・骨再生
疼痛消失・歩行可能に
7. 当科で可能ながん種別の放射線治療の適応
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